2011年5月31日火曜日

アミタの被災地活動13 5月6日 小学校下の漂着物撤去


最終日の5月6日は小学校の下の斜面の漂着物撤去をやりました。


4月29日の前半組は校庭のガラス拾いをやり、我々はその下の斜面の撤去を行い、少しずつ作業がすすんでいることがうかがえます。

なぜそういった場所が選ばれるか、それはゴールデンウィーク明けから中学校と小学校が再開されるからでした。せめて子供達に安全な校庭を、安全な通学路をそれが地域の方の想いでした。

さらに、個人が所有している土地については、立ち入りの許可をとることも難しく、まずは好況の土地からということになったのです。よって、神社や山林、竹林といった場所が多かったのです。
全く通れなかった階段が復活
この日は急斜面で海に近かったため、漂着物が大きく、スコップが大活躍でした。

これは余談なのですが、ボランティア作業をする側のモチベーションはやはり作業の前後の成果がわかりやすいほうが、上がりやすいということがありました。 もちろん被災者本位でボランティア作業が選ばれるべきですが、同じ作業でも時間ごとに狭い範囲に絞りやった前と後の差をわかりやすくする運営の工夫もボラ ンティア作業リーダーには必要とされるのかもしれません。



作業前
作業後












電柱の上にひっかかった漂着物
GWでも桜が咲いていました













竹林から海を見渡す社員
平地に降りて町を見る作業スタッフ










小学校の高台から見える風景


流されなかった建物

ちなみに現在の歌津VCの現状はこちらです。

2011年5月30日月曜日

アミタの被災地活動11 5月5日 歌津のボランティアのお風呂

ボランティアの方や避難所以外の方への配慮
歌津のVCでは、なんと近くにある歌津中学校(避難所)の共同湯「魚竜の湯」を、男女日替わりで利用させていただけます。(水曜休)5月5日は男性の日だったので、作業後にせっかくなので、使わせていただきました。

この魚竜の湯は恐らく、部室かプールの更衣室であったであろう所に生簀を持ってきて、そこにお湯をいれています。公益社団法人CIVIC FORCEが仮設の建物と風呂を設置されたそうです。

そしてこのお湯をたいてくださっているのがすごいのです。新庄市に本社がある固形燃料製造会社バイオソリッドエナジーという会社がボイラーと燃料を提供したようです。


お風呂の建物
お風呂に入れるというのは本当にありがたいものです。衛生面が保たれないと病気等も蔓延します。なにより爽快です。夏に向けて、暑くなってくるので、お風呂があることは本当にありがたいと思います。

そしてその燃料に下水処理場から出る汚泥を乾燥させて作った固形燃料を使っていることもとても良い試みだと思いました。復興支援には国の予算の多くを投入します。被災者の方の安全や安心が最優先とはいえ、できればその技術には、環境に配慮した技術、そして地元にお金が落ち、雇用が生まれる事業主体に配分してほしいと思います。


設備の一部
窓ガラスが割れて板で補強されている学校の窓











津波を避けた自販機も稼動していない
 
校庭の仮設住宅 プレハブではない












お風呂の中ではラジオが聞ける配慮までしてありました。また、現地でお会いしたおじいさんも気さくに話しかけてくれ、社員の一人がマッサージをしたらとても喜んでくれました。被災者の方も一様ではないですが、相手の需要にそって、接すればよいというシンプルな原則でよいのかもしれないと思いました。

仮設住宅に埋まった校庭を前に、通路でキャッチボールする野球少年が印象的でした。

2011年5月23日月曜日

アミタの被災地活動11 5月5日 歌津駅裏漂着物撤去 子どもの通園通学路が最優先

5月5日は歌津駅の裏側の地域の漂着物撤去を行いました。

この日は現場がベースキャンプから近かったため、歩いて現場へ行きました。帰宅してネット環境が整う今でこそ、位置関係を把握していますが、しばらくは歌津という街の全様や位置関係は全く把握していなかったので、歌津を歩くというのはとてもよかったです。

なぜこの場所が選ばれたかというと、駅裏には伊里前保育所があり、子どもの通園路になるためでした。基本的に住民の方のニーズは子どもにできるだけ安全な道を歩いてほしい。子どもの目に届くところの復旧を早めて心を痛めないようにしてほしいというところが強いことも今回のボランティアで感じました。

歩いていると所々に油が浮いていました。街から来たのかわかりませんが、広範囲に流れておりこの場所の田んぼが復旧するには相当時間を要するのではないか、これらの人々の新しい仕事を作り出す必要があるのではないか、そのようなことを考えながら歩いていました。











現場を見て立ち尽くす社員
呆然という感じです

 











この区域、実は線路が3~4階だての建物くらいの高さがあり、そこが防波堤になっているにも関らず、この状態でした。線路が津波に流され曲がってしまっていることからも津波がいかにすごい破壊力を持っているかがうかがえます。この駅の海側がちょうど街の中心地だったところと思われますが、そこにはもう何もありませんでした。

右手前に伸びている鉄が線路です
駅のホームはかろうじで浸水しなかったようです。











海側の様子
当日の漂着物撤去作業は、熊手の投入により、非常にはかどりました。山林の斜面は、木の根っこや長い枝部分に少しずつ漂着物がたまります。板のようなものがひっかかるとその後はどんどんそこに漂着物が溜まっていきます。そういった比較的大きい漂着物は手で外し、残りは熊手を使ってどんどん平地に落としていきます。

恐らく間伐したり、下草刈りなどはされていなかったのでしょう。枝や枯葉も随分と堆積していました。流木などは少なかったように思いますが、日本の森は今人手がかけられず、洪水やこのような津波の時に、別の災害も引き起こす可能性があります。森林管理は防災にもなる。森の機能の中に防災機能が入っていたことを思い出します。

ちょうど保育所は山に囲まれていた上に少し高台(だいたい3階建ての建物の高さくらい)にあったため、津波が来た境目で建物が残っていました。そこでは、今回の地震の大きさを見ることができました。(基本的に地震で壊れたところも津波でながされているため、あまり揺れの被害現場を見ることはできないからです)

校門の高さまで波がきたようで濡れた形跡有











左上の水道口のようなところから地盤沈下を起こしています。











コンクリートが隆起してひび割れています。今回の津波はもちろんのこと、揺れも相当であったことがうかがえます。




ゴールデンウィークにボランティアが殺到して迷惑?みたいな報道もありましたが、大人数だからこそできる撤去作業もあります。

このように倒れそうなフェンスを20名がかりで、校庭側に引き上げ、倒して安全に撤去できる状態にするということも、大人数だからこそできることでした。

でも見てください。既に木の杭とは言え、人の手が入っていることには驚きました。何も進んでいないように見えて、復興活動は少しずつ進んでいます。
 

 車が流されているという写真ですが、実は・・・斜面なのです。この斜面の車の撤去はかなり難しそうです。 もちろん重機でやることになるでしょうが。

こちらが正しい角度の写真 線路際に漂着しています。崩れたら危険です。
 アミタグループ社員有志が参加した被災地ボランティアの報告会/ご意見交換会を開催 

【日時】 5月27日(金) 17:00~18:30 (16:30開場) お申し込みお待ちしております。

2011年5月20日金曜日

アミタの被災地活動10 5月4日 衛生面での需要

5月4日の漂着物撤去、回収作業の際にマムシがでました。幸い誰もかまれることはなかったのですが、被災地ボランティアにはこういった危険もあります。(何度もいいますが、安全には十分配慮して活動をしていますし、危険だと思ったら行かないことというのは毎日リーダーが原則として徹底しています)

実際にこの話はベースキャンプに戻った後、すぐに報告がなされました。そして、総務の方が現地の医療チームに相談してくださいましたが、その時は血清が無いということでした。その後行動にうつってくださったようですので、今は届いているかもしれません。

現場作業なので、装備をきちんとして、ファーストエイドキットを持っていっていても、やはりリスクは残ります。 よって、環境整備班の方が衛生に関する注意書きも作ってくれました。

例えば、こういった衛生に関する情報を記載した紙を現地に届け、それに必要な物資(消毒剤等)を送ることも重要だと思います。

ノロウィルス、破傷風などのリスクもあるので衛生面の管理は重要です。ですので、作業場でつけているものはテント内に持ち込まない、埃は外で払って、手洗いをしてからテントに入る等ルールが現場ではありました。

後日、アミタ社員が環境整備班を行ったときには、作業着をかけておける場所を作ってくれたため、作業環境は随分と向上しました。こういったボランティア現場を支える作業というのも現場にはあります。

ちなみに現場では紙がないため、ダンボール、はがしやすいガムテーム、マジックはかなり重宝していました。

広場に作られたひさしを使って、作業着をかける場所ができました。

アミタグループ社員有志が参加した被災地ボランティアの報告会/ご意見交換会を開催 

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2011年5月19日木曜日

アミタの被災地活動9 5月4日 思い出の収集 機械でなく人にしかできないこと

被災地での活動の中で、人にしかできないこととして、貴重品(思い出品)の収集があります。こちらはテレビでも取り上げられるのでこういう活動が現地であるということはご存知の方も多いと思います。

実際、我々も漂着物撤去作業でいろいろなものを見つけました。

・印鑑証明書
・クレジットカード
・契約書 地元地域組織 「結」の借用書
・企業の明細書 調査書
・アルバム 写真
・現金

我々が見つけた後どうなるかというのを簡単に明記します。

1 確保してベースキャンプに持ち帰る
2 泥などを落として綺麗にする
3 行政(役所)に届ける
4 行政が公開して持ち主を探す

我々が滞在していたときにも、作業班が見つけた結婚アルバムが持ち主の手に返ったという嬉しい話も聞きました。被災前の跡形を残していない地域の人にとっては、記憶をデザインした写真というのは本当にかけがえのないものだと思います。

写真を拾っても、もう何が写っているかわからない写真や文字が読めない手紙が多いなか、写真や時が読めるものも確かにあります。

「写真や手紙を拾う度、この人は今どうなっているのかという思いがよぎり、複雑な心境になった」と漂着物洗浄をしている人達が言っていました。もちろん拾っている我々もそうでした。津波は物だけでなく、生活、伝統、思い出までも流してしまうものと実感しました。

こういう作業だけは機械ではできません。そういう点でも被災地には人の手がまだまだ必要です。


でも嬉しい話も聞きました。大手写真メーカーで社員の一人がボランティア活動に参加し、写真の洗浄は保存が重要であることを社内に報告したところ、洗浄キットを送り、専門社員も派遣するという話がでたとのことでした。これこそ本業を活かしたCSRだと思いました。

現地ニーズをきちんと発信すれば、動く企業、できる支援もあるということです。実際、企業単位で社員を派遣している企業もいましたが、多くは中小企業でした。おそらく上場している企業だと、コンプライアンス上いろいろと問題が多く、なかなか身動きが取れないのでしょう。

ちなみに我々も会社は援助してくれていますが、あくまで自己責任のボランティアという形で現地入りしています。とはいえ、会社の姿勢、信頼できる仲間との現地入りが心強かったことは言うまでもありません。

発信もされていない、本人達はCSRだ!なんて思ってやっていない、そんな知られていない本当に素晴らしいCSR活動が世の中にはまだまだある。そういうことを改めて知ることができた体験でもありました。

アミタグループ社員有志が参加した被災地ボランティアの報告会/ご意見交換会を開催 

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2011年5月18日水曜日

アミタの被災地活動8 5月4日 津波の分かれ目

5月4日の歌津地区田表の作業で象徴的な風景を見ることが出来ました。これは被災地に行けば、多くの方が目にするところでしょうがとてもわかりやすい一場面を見ましたので掲載します。


これは作業場から帰りのときに取った写真ですが、ちょっとわかりづらいので拡大します。
写真左側が漂着物でいっぱいの田んぼで、右側が通常通りに作付けの用意がされている田んぼです。ちょうどこの道の左まで津波が押し寄せ、道路で波が止まったそうなのです。


前にも書きましたが、今回の震災は複合災害です。
1 地震の揺れ
2 津波
3 原発

1~3が引き起こす停電や物流の寸断。もちろん阪神大震災も揺れによる倒壊とともに、火災によって被害が拡大しています。

そして、津波の特徴的なところは当たり前なのですが、津波が押し寄せた場所とそうでない場所がくっきり分かれるということです。5月5日に作業した歌津駅付近でも、駅の線路が流されていて、駅舎は無事という光景を見ました。

当然、被災者もそれに応じて被害状況が違います。

番号は被災の重さではなく、単に分けるためです。
放射線の影響も入れれば9つに、仕事場の影響も入れれば16になります。
(もちろん最終的には個々状況が違うとなります)

よって、被災地域でも被災者の方々の置かれている状況、課題、需要はことなります。実際、学校が被災した地域としなかった地域の学生もきっと状況は違うでしょう。

歌津の場合は、高台にあり、津波の被害が少なかった歌津町立伊里前小学校が歌津町立名足小学校の生徒を受け入れること、歌津町立名足小学校は廃校になることが決まったとうかがっています。(注:この情報は伝聞なので、真偽のほどが不確かです。web上でも調べることはできませんでした)

また、一部では住居が被災しなかった人達は避難所に実は行きづらい(自分だけ申し訳ない)という状況が生じていたり、生き残った方が自分だけ生きていて申し訳ないという気持ちを持っていて苦しんでいるということが起こっているようです。

とにかく現地情報というのは、現地にいないとわからないことが多く、ネット社会に慣れた現代人が気をつけなければならないことが多いです。どうしても伝聞が中心になるため、情報のずれや連絡の遅延が起こるからです。現地のボランティアコーディネーターをしている方々のご苦労は並々ならぬものと思われます。

だからこそ、以前ブログに書いたように、支援は受けてのニーズを確認してからということが大事なのです。

アミタグループ社員有志が参加した被災地ボランティアの報告会/ご意見交換会を開催 

【日時】 5月27日(金) 17:00~18:30 (16:30開場) お申し込みおまちしております。

2011年5月17日火曜日

アミタの被災地活動7 5月4日 歌津田表地区 被災前の航空写真

5月3日深夜に歌津ベースキャンプについた我々は翌日から3日間現地で作業を行いました。


現地作業初日は歌津地区の田表で作業しました。作業場までは、ありがたいことに現地の方が移動手段として車を出してくれました。

田表はとっても広かったので、現地で説明を受けるまでは、写真のような光景全部を綺麗にするものと思っていました。

しかし、前述したとおり、基本的に漂着物は重機で撤去しますので、我々の役割は2つでした。

1 重機が入れないところ(斜面や山林地)の漂着物を平地へ移す

2 持ち主が特定できるもの(貴重品や写真等)を確保すること

ということで、30名ほどを10人1グループとして、作業リーダーのもとエリアを区切って作業しました。班分けすることで、メンバー全員にリーダーが目を配るということも重要な仕組みだと思います。


事前のMTG
袋を2つ持ち1つには漂着物1つには貴重品を入れます


だいたい1時間に1回休憩を入れて、午前は9:00~12:00、午後は13:00~16:00まで作業します。
 
昼食はキャンプに戻っておにぎりです
漁師町のため、網がひっかかっていることが多かった



高いところに漂着物がひっかかっていることもおおく、高枝切りバサミが活躍します。もちろんですが、極力木は切らないように配慮はします。

作業後、一人が写真を見て、これは被災前の田表ではないか?ということを言い出しました。実際、そうである確証はありませんが、確かに土地の形からその可能性があります。

今では田んぼだったと言われないと気づかないくらいの場所ですが、ほんの2ヶ月前までは人が暮らしを営んでいた。当たり前なんですがそういうことに気づかされます。現地にいる人達のショックはどんなものであるか、頭でわかっていることが、ほんの少しですが、身体で感じられるというのが現地に行った感想の一つです。この航空写真はその象徴的出来事の一つでした。

被災前の田表と思われる航空写真

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2011年5月16日月曜日

アミタの被災地活動6 5月3日 宮城県本吉郡南三陸町 歌津に入るまで

先週は主にこれからボランティアに行く方のために、主に現地の生活や必要備品の話を書きました。今週は実際に現地に行ってからのことを時系列で書いていきます。

5月3日に我々は東北道経由で現地にはいりました。仙台からだいたい高速を1時間、
三陸自動車道 桃生/津山ICを降りて国道45号線で40~1時間くらいで着きました。




正直高速に乗っている間は、本当にあの何もない風景が見えるのだろうか?というくらい普通に走っていました。ところどころ道路の補正の後の影響下、タイヤが段を越えるような音がしていたくらいでした。

高速を降りて焼く40分、恐らく志津川に入るところでしょうか、明らかに流された後に作った木の橋を超えた以降は、テレビでもよく写る被災地の姿が目に入りました。


それ以降は、街灯も当然なく真っ暗でした。しかし暗闇の中とはいえ、自動車のライトが照らす風景は人の気配のしない街を十分に伝えてくれました。


5月3日(火)8:00に東京の市ヶ谷を出発して、23:30ようやく我々5名は歌津地区のベースキャンプにたどり着きました。


行きは暗くてうまくうつらなかったので帰り5月6日時の撮影 この橋を渡ると何もない街と出会いました
車が建物の上に乗っています
かろうじで流されなかった病院

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2011年5月13日金曜日

アミタの被災地活動5 漂着物の撤去作業 

山林部や傾斜面は人手が必要です
我々が手伝った一番メインの作業は漂着物の撤去作業です。今回の震災ではご存知の通り、相当広範囲に津波が起こっていて、倒壊した瓦礫類含む漂着物が散乱している状態です。平地は基本的に重機で撤去するのですが、重機が入れない傾斜面、特に山林部分は人が入り漂着物を平地まで移動させる作業が必要となります。また、重機は当然貴重品や思い出品を分別することができないため、その回収作業も人にしかできないこととなります。

漂着物撤去作業をするにはある程度の装備が必要となります。撤去中に漂着物の溜まっているところが倒壊する恐れもありますし、傾斜面から滑る可能性もあります。また山林の中ですので、木々が目に入る危険性もあります。何よりガラスの破片があるため、身体の露出は避けなければなりません。(もちろん安全第一で作業していますので、危険のあるところはリーダーが行かないように指示していました)


完全防備の第2陣のメンバーです。

漂着物撤去の7つ道具

1 ヘルメット
2 安全靴(長靴)
3 皮手袋
4 ゴーグル
5 防塵マスク
6 飲料水
7 ファーストエイドキット(救急箱)





ちなみに、ファーストエイドとは、応急処置のことです。
我々アミタグループは再資源化工場を持っており、また地上資源事業の営業マンはメーカーさんの工場やセメント工場へ頻繁に行くため、これらの装備は会社にストックがあり、準備してもらえました。装備が完全だったため、現地の備品を借りることなく作業に入れたため、現地では大変感謝されました。

現地にも備品はありました。
このような備品をベースキャンプでもいくつかストックしていますが、もちろん持っていったほうが良いのは言うまでもありません。(持っていかないと作業できない!という訳ではありません。それは事前に確認していただくのが無難です)

また、細かい漂着物を手で拾っていると埒が明かないために、熊手があるとよいという意見があり、5月5日からは作業に熊手を使いましたが、かなりはかどりました。その他、スコップ、のこぎり、高枝バサミ等があると、大型漂着物の撤去に役立ちます。

今後ボランティアに行かれる方のために、準備や現地状況を先に書きましたが、来週は実際の作業や道程の様子などをアップしてまいります。

アミタグループ社員有志が参加した被災地ボランティアの報告会/ご意見交換会を開催 

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